沖縄映画

シネマアートン下北沢オキナワ映画クロニクル2006観てきた。
・「海南小記序説・アカマタの歌—西表島・古見—」遊行鬼(’73)
・「カメラになった男—写真家 中平卓馬」小原真史(’03)
・「ウンタマギルー」高嶺剛(’89)
 の3本。
 
 1本目、2本目は興味深く観たけどドキュメントなんで、ぱきっとした感想は出てこない。アラーキーと杉作J太郎は体型もしゃべり方も似てるなと思った。
 
 「ウンタマギルー」は本土復帰直前の沖縄が舞台だが、’80年代独特の浮ついた感じがある。製作はパルコ。’80年代が浮ついてたのは周知だけども、どんな具合に浮ついてたかは案外忘れてた。この映画は浮つき加減が半端なせいで、かえってどんな具合かよくわかる。こんなふうに浮ついたあとで、今はお金っていうリアルに着地したんだなーと思った。あんまり面白くはないけど戸川純ファンにはお勧め。音楽は上野耕路。
 
 6月26日にユーロスペースで『パラダイスビュー』やるから観たいけど、この時期は無理っぽいなあ。
 
 なんかこのエントリーだけ見ると、まるでアクティブに映画観てる人みたいだな。全然観てないのに。

男の墓場

杉作J太郎の映画観てきた。
 1本目、『怪奇!! 幽霊スナック殴り込み!』。面白かった。映画製作のノウハウもなく、誰かがお金とスタッフを用意してくれたわけでもないだろうに、なんでここまでやれるのかって感じ。つたない部分は当然あるけど、予想外にちゃんとしようとしてる。ギャグが少ないのも意外だった。ショートボブのタナダユキが美しい。
 2本目、『任侠秘録人間狩り』。あんまり面白くなかった。過去に大きなことをやらかした人物の力を借りて、不可能と思えることを成し遂げるってストーリーは、男の墓場プロがやってることそのままなんだろう。作り手にとって意義深いのはわかる。
 製作順は逆なんだそうで、それならなにかと納得できる。2本でこれだけスキルアップしたんなら今後はもっと面白いかも。20本予定があるらしいけど、どんどん行ってほしい。
 キャストがもう、リリー・フランキー、横山剣、みうらじゅん、安西肇、川勝正幸、山田五郎、いしかわじゅん、掟ポルシェ、ロマン優光、ダースレーダー、宇多丸、ギンティ小林、吉田豪、蛭子能収、根本敬にとどまらず、手塚能理子、奥平イラとか出てきてもわかんねーよ的な。パンフもサブカル・ミニコミのノリである意味豪華。
 そのサブカルもこじゃれとか関係ない。選んでサブカルじゃなく、結果としてサブカル。J太郎フィルター、J太郎人脈の雑多さが心地いい。
 上映前から杉作J太郎はずっと下北の駅前でサンドイッチマンをやって宣伝したそうな。「連日豪華なステージショー」と謳ってたらしい。
 これが実際面白い。幕間と最後にトークと出し物がある。『KILL BILL』で殺陣の振り付けをした人が目の前で演舞みたいのやるの。最前列で見てたから、切っ先が頭の上走る感じ。うまいから怖くはなくて、狭いとこで大変だなーくらいの。凄えかっこいい。あとあれ何て言うんすか? 邦楽の……小唄? 三味線の弾き語りみたいの。普段はああいうもんとして流しちゃうけども、目の前で上手い人がやると演奏も唄も凄い不思議なもんで面白い。いいもの見せてもらった。
 やりたい人がやりたいこと手弁当でやって、観たい人が来て楽しめて、いいもんだなーと思った。ほんと、続くといいな。

宇宙戦争

■これまた変な映画だった。おもろかった。
 特撮がもー、こんなん作られたらもうゴジラとかガメラとか全然無理って感じ。目の前の異変がリアル。東京タワーとかデカい建物壊れないけど、そういうんじゃないってことかもしれんし、今となっては生々しいから避けたのかもしれんし。
 そのくせ、妙にリアリティーがなかった。テレビの小っこい画面で見たってのも大きいと思うけど、現実よりは夢っぽい。やけに簡単なとこも。宇宙人が出てくる直前、娘さんの顔にクモが付くのなんか簡単すぎるんだが、半分わざとやってるんじゃないか。夢ってこんなんだし。
 妙なのは父ちゃんの通過儀礼で話ができてること。
 あと、娘さんの前に酷い光景を持ってくること。父ちゃんは娘を守って逃げるんだが、それは光景から守るっていうか、見せないようにするっていうことだったりして、でもやりきれてなくて、なんなら自分が酷い光景の当事者だったりする。「監督のスプラッター趣味」じゃ収まらないなんかがある気がする。
 トライポッドのデザインはちょっとアレだな。何万年も埋まってた異星のメカに見えん。日本人の方がいいの作れるのでは。

DVD

amazonタナカカツキのタナカタナ夫DVD
 キレイな金魚のパケだけど、たなびく曲線はフンだという……。
 なんか涅槃げですな。空飛ぶ子供の映像なんて、向こう側の世界からこぼれてきちゃったような、向こうに呼ばれてるような。夢見てるのと起きてるのの間のような。ディック風に言うと入眠時幻覚みたいな。パノラマの作品なんかも、視線が凄く遠くにある感じがする。死んじゃってる人の視点。
 
コンゴトロニクス2
 DVD付きCD。親指ピアノ(こういうの)を電気増幅して奇っ怪な音に。遠くまで音が届くようにアンプに繋いだそうで、もとの玄妙な響きはなくなってる。曲によってはミニマルテクノみたいにも聞こえる。ボーカルもなんだか割れててマーク・スチュワートみたい。前のコンゴトロニクスは1バンドで1枚で、面白いけど聴き通すのしんどいかもなーとパスしたけど、2はオムニバスで楽しい。
 DVDがですね。生というか、映像的にあんまり凝ってなくて、現地の状況そのままなんですね。いわゆるミュージックビデオとあまりに違うんで軽くショックだった。
 日本人は多分、世界一小綺麗だと思う。特に女の子。それはチェック項目を満たさないと後ろ指さされるってことでもあって、あんまり良くないと思うんですよ。「エコ」っていう名目ができるまで過剰包装がやめられなかったこととか、やたら完成度ばっかりを問題にするのとかも関係してて。
 そんな小綺麗を嫌う俺が見ても、小汚いのな。軽くショックなほどに。美人ダンサーもいるんだけど、あなたが頭に付けてるひらひらした飾りは、カセットテープちゃいますの?とか。なんかお腹にデコボコがある人がいて、腹筋にしては妙だし、病気ちゃいますのん?とか。パーカッションの台がビールケースだったり、それ以前にビンが楽器だったりもするし。それで慌ててホワイトバンド買いに行くとか、そういうことは全然なくて、まー正味、珍しいんですよ。いろいろと。
 テレビとか映画とかも含めて、映像見るのめんどくさくてあんまり好きじゃないんだけど、やっぱ見なきゃダメだなーと思った。

土人との戦争

 別に夏だからというわけでもなく、ここんとこ戦争映画を観てる。
 ベトナム戦争ものを観ると、ベトナム人が土人っぽい。日本人の俺にとって映画のスタンダードはハリウッド映画だ。格好良くて文化的で英語をしゃべる白人がスタンダード。格好悪くて文化的に遅れてるふうで知らない言葉をしゃべるベトナム人はノン・スタンダード。
 『フルメタル・ジャケット』でベトナム人と「話す」シーンは、ポン引きとの交渉と、ラストの虫みたいになったスナイパーの嘆願を聞くとこくらい。アメリカは言葉が通じない土人と戦っていた。俺はアメリカ人の視点で、自分に似た顔のベトナム人を土人として見る。
 アメリカの映画で日本語が出てくるとする。俺は日本人だから何言ってるかわかるが、本国では字幕が出てないことがある。観客にも登場人物にも、日本人が何言ってるかわからない。わからなくていいノイズ。それと同様のわからなさをアメリカ人と共有しながら俺はベトナム人を見てる。
 戦争となると、敵と言葉が通じないことは普通なんだが、普段SF見てるとわかんない。ジオンともガミラスとも言葉は通じる。ハリウッド映画をアメリカ人の視点で観てるとやっぱりわかんない。
 じゃあアメリカ人にとって、旧日本兵はどんなふうに土人だったのか。『パール・ハーバー』観たら、土人扱いは免れてるふうだった。日本の描写がおかしいと言われてたようだが、映画的に格好良く描かれてると思った。この映画はSFだから面白いっちゃー面白かったが、いろいろ不満足。
 『シン・レッド・ライン』は凄えつまんなくて途中で投げたが、日本人が土人として描かれてたんで満足感があった。「アメリカ人にとって日本人は絶対土人だったはず」が証明されて納得した。
 日本の陣地に突入した米兵が「臭い」と言って鼻にタバコを詰める。直接的に臭いのは死体の匂いなんだが、意味するとこは不衛生な土人に対する生理的・根本的な拒絶だろう。戦争の虚しさを文学的に綴る辛気くさい話の中で、日本人は尊厳なくぽんぽん死ぬし、意味不明の言葉を発するし、半裸だし、臭い。現地人より人間扱いされてない。
 関係ないけどレノアのCMで「特に主人の」枕カバーが臭いと糾弾されたにとどまらず、ファブリーズ対抗商品のリセッシュでは「ウチの男が臭い」と息子さんまでもがデオドラントの対象になってる。そのうち「シュッとひと吹き」で臭いの元である男を消し去る製品が出るんじゃないか。
 今日観た『鬼が来た!』は凄くオモロかった。終戦直前の中国の農村が舞台。レジスタンスと思われる謎の人間がふたつの麻袋を中国人の家に置いていく。ひとつには日本兵が、もうひとつには日本に従軍してた中国人翻訳者が入っている。日本語は中国人に通じない。通訳はウソばっかり言う。
 日本軍と中国の農民、どちらが土人かと言えば、中国人の方が土人っぽい。中国映画だから、土人の側の視点で土人を描いてる。
 謎なラストに関してはこれ見て納得。

エイリアン・エイリアン2

 2本で2079円。
 かなり悩んだ。「おお! エイリアン2が1000円で買えるのか!」と思いつつ、手に取ったり棚に戻したり繰り返したあげく買わずに帰った。別の日にまた悩んでようやく買った。レンタル1回300円として、4回見れば得したことなる。けどラインナップの中で確実に4回観る作品がエイリアン2しかなかった。もう1本に迷って、結局エイリアンにした。
 1作目は今観るとたるいなあ。「見えない恐怖」って2回目以降は通用しないしなあ。あと3回、観たくなるかなあ。『X-MEN』にすれば良かったかなあ。X-MENにはおっぱいがあるもんなあ。
 2はやっぱりオモロいな。当時は、作品としての深みとかじゃなくてただただ派手ってのに喜んだんだが、今観るとちゃんとしてるな。ニュート可愛いな。
 組織に忠実であるがゆえに悪者ってパターン、SFでは多い気がするけど、昔からあるのかな。国とか大企業とかが悪いことをたくらんでるって前提が。
 1の終わりの方でリプリーがネコ探しに行く。それまで合理的に動いてたのに、急に非合理なことをする。これはベタな解釈だと母性なのかもしれんし、内田樹はプッシー(キャット)だと言ってた。別の生き残りは冷却用のボンベを探してて、ボンベはちんこだと。
 1で組織に忠実な悪者は、端的に非人間のロボットだったわけだけど、リプリーが見つけたのは(これまたベタに)人間性で、ボンベは実用品ってことはないのかな(結局ボンベなしで脱出用のシャトルは飛ぶんだけど)。うあー、人間性とか言っちゃったな。ヒューマニズムじゃなくて、なんていうか機能性とかに関わることなんだけどうまく言えん。なんか別の映画観てるときもこういうこと考えてたんだよな。機能的になるのと、感情的になるの。どっちも度が過ぎるとダメで、死んじゃったりする。