ふじり

About ふじり

1965年生まれ・男

M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F4.0-5.6 R

 オリンパスがカメラメーカーでなくなってしまう前に、必要なものがあれば、オリンパスのロゴ入りで買いたい。と、思ったんだけども、必要なものは別になかった。今、必要ではないけど、ひょっとしたらいるかもなーってものに、望遠レンズがある。以前は28-300ミリ相当の便利ズームを持っていたんだけど、画質の悪さにがっかりして、ちょっとこれは常用する気になれないなーと思ったのと、結局望遠使わなかったので売ってしまった。しまったけど、ちょっと後悔している。
 そんでアマゾンで見つけたのがこれなんだけど異常に安い。モノとしては80-300相当の望遠ズーム。Wズームキットとかに付いてるヤツですわね。マウントもプラスチックで。お子さんの運動会とか撮るの。これ、価格.comで見ると3万円5000円とかするんですよ。それがアマゾンだと執筆時1万2800円。さらに並行輸入品だと9980円と中古並の安さ。調べてみるとどうもキットばらしみたい。だとしたら一度開封してるので新品じゃなく新同品になるという話もあるが、そこまで厳密でもないのだろう。
 まあともかく安い。望遠使わないんだけど、こんだけ安けりゃ持っててもいいんじゃなかろうか? 動物園行ったときとか(行く予定なし)、寺社仏閣の屋根の方の飾り物を撮るとか(行く予定なし)、人気コスプレイヤーの囲みに混ざるとか(行く予定なし)、なんか、なんかに使えるのでは? 190gと小型軽量。気軽に持ち出せる。これがF2.8プロレンズになると、重いから持ってかないしね。買えないしね。
 
 しばらく悩んで結局買いましたよ。本体が安いだけに別売りのフードが3430円はどうなのよって気がするが、これも購入。
 本当に小さいし軽い。マイクロフォーサーズならでは。フード付けた状態で全長が17/1.2と変わらない。外観は安っぽく、華奢な感じがしてちょっと怖い。
 肝心の写り。「キットレンズは下手なもの付けられないからC/Pがいい」という人がいるが本当なのか。
 レンズの性能の前に、300ミリ相当となると手ブレが怖いですな。本体側に手ブレ補正付いてるとはいえ、気を付けないと。あとピントがシビア。暗いレンズだから深度が深いだろうと思ってたけど、看板にピント合わせたつもりがその直前の電線に合ってたりして。気軽に使える焦点距離ではないなとあらためて思った。
 手放した便利ズームM.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6は描写が大雑把でなんかイヤな印象だったが、今度の40-150mm F4.0-5.6 Rは素直な写り。
ワイド端
 なんでもない写真ですみませんが、葉っぱとか写ってた方が解像感わかるかと思って。まずワイド端。右側の塔?にピントを合わせた。等倍で見ると塔の輪郭に色収差が出てる(クリックで拡大)。この写真ではないが、画面隅の電線にパープルフリンジが出ることもあった。
テレ端
 テレ端。上の写真の左下をズームしたもの。「ここはあぶない!」の看板が読める。その危険地帯に突入するおじさんの帽子の質感も出てる。
ハト
 ほぼテレ端。等倍で羽のディティールを見てもらえば、どのくらいの解像度かわかりやすいのでは。
 総じて、3万円クラスのレンズとしては十分アリだなと思った。かてて加えてこの値段ならお買い得!

オリンパス、映像事業を譲渡

OLYMPUS
 オリンパスの話は何度もしているので、まあ改めて言うこともないかなと。でもなんかは書いておくかなと。上の写真はOM-2で撮ったもの。
 
 さようならオリンパス、夢をありがとうというEngadget日本版の記事がよくまとまってる。
 ただ、トップにO-Productを持ってきてるのは気に入らない。このカメラのデザインは機能と関係がない。限定生産だからできた遊びなんですよ。いかにもバブル臭い代物で、あたしゃ嫌いです。確かにキャッチーかもしれないけど、これに触れるくらいなら初代μを紹介してほしかった。
 「最後には天才設計者と言われた米谷 美久氏の知産に寄りかかりすぎて倒れてしまった感があるのは、実に残念です」とあるが、米谷氏に関連した文句は私も言ってて、これです。で、米谷氏というのはこういう人です。
 
 ほんで今後だけど、しばらくの間はオリンパスブランドで出るけど、その後なんか別のブランド名になると(Takachihoとかになればいいのに)。オリンパスはカメラメーカーではなくなってしまう。
 OM、PEN、ZUIKOのブランドは譲渡先で続いていき、サポートも継続するそうで。当然開発者も続投するわけだから、ブランド名が変わっても応援していきたい。
 が、実際のところ現に儲からないから売りに出された映像部門が独立してこれから黒でやっていけるのかと考えると……。いや! がんばっていただきたい! ショップの売上げランキング見るとオリンパスいつも入ってるしね。Toughシリーズも売れてるみたいだし。
 下の写真はOM-D E-M1で撮ったもの。
zuiko

オリンパス OM-D E-M1 Mark II

 買うてしまいましたがな。Mark III発売で底値になってて、購入時10万4999円。当然ボディーのみ。コロナ給付金を使い込む感じで。
 今まで使ってた無印E-M1には持病がふたつあって、ひとつは後ダイヤルが空回りすること。ふたつめはストラップ取り付け金具が外れること。このうち、ひとつめの症状がウチにも出た。
 オリンパスにはカメラ事業撤退の噂がある。撤退するとサポートもそれなりになるだろう。持病を持ったカメラを使い続けるのは不安だ。進歩の早いデジカメの世界で7年前のモデルでもある。
 そんな先行き不透明なシステムは捨てて別のメーカーのシステムに乗り換えればいいのだが、たった2本とはいえ20万円分のレンズを買っちゃってるし、フィルム時代からオリンパス好きだし、実際オリンパスは使い勝手いいと思うんですよ。カメラ事業辞めてほしくないんで、いくらかお金入れるつもりで。ならMark III買うべきなんだろうけど、貧乏で無理なんで、その辺は収入しっかりある人に頑張ってもらって。

スポティファイで聴いてほしいアルバム5選

Cartola『Verde Que Te Quero Rosa』
 サンバの大御所カルトーラ、70歳前のサードアルバム。サンバっていうと、サンバホイッスルがピーピピ鳴ってやたらアッパーなのか、マツケンサンバみたいなのしか浮かばない人も多いと思うが、そんな人にこそ聴いてほしい。サンバってそうじゃなくて、こういうのなんですよ。
 
アート・リンゼイ『Prize』
 アート・リンゼイっていうとギターがギャギャギャとノイズを奏でボーカルは絶叫、みたいのしか浮かばない人も多いと思うが、そればっかりじゃないんですよ。聴けば聴くほど味わい深いスルメアルバムなのでぜひ。
 
湯川潮音『灰色とわたし』
 インディーズ時代の『逆上がりの国』が1番好きなんだけどスポティファイにないので、次点のこれを。
 
Keith Leblanc『Major Malfunction』
 キース・ルブランと80年代後半のもろもろというエントリーで紹介したアルバムが、まるっと聴けます。
 
スーパー戦隊シリーズテーマソングコレクションVol.8
 これは聴いてほしいというか、お好きな方には嬉しいアレで。
 俺の主張を聴けという「俺の歌」が一方にあって、コミュニティーの歌である「みんなの歌」がもう一方にある。
 アニソン・特ソンもわりと「みんなの歌」で。少なくとも観てた世代が繋がれる。大事なものだと思うんですよ。
 まあでも、もともと曲自体を聴く傾向があるので、つまんない曲はつまんないと思うんで、作品の人気が高ければアニソンの人気も高いのが納得いかなくてもやもやすることもある。例えば『残酷な天使のテーゼ』が私は嫌いなんですよ。あと、なんか普通のJ-Popで全然アニソンじゃないのもありますな。
 大体のアニソン・特ソンは、ちゃんと曲作れる人が作って、ちゃんと歌える人が歌って、クオリティー保ってる。サブスクでも聴きやすいかたちに整理してどんどん上げてくれるといいんだけど。と、いう意味で入れてみました。

お客様は素人です

 ローソンPBのデザインがこじゃれててわかりにくいと不評だ。俺も実際店頭で見てなんだこれと思った。「客の立場から」文句を言うのは全然いい。逆に絶賛したければしてもいい。
 しかし我々はコンビニの運営に関わっていないし、デザイナーでもない。その道のプロではない。
 プロはそれを成し遂げるノウハウを持っている。経験の蓄積がある。実際にメシを食っている。
 そのプロに対して「作り手・送り手の立場から」文句を言うのはまるで意味がない。「あなたはこうすべきだった」とか、「わたしならこうする」とかだ。
 立場を逆にして考えてみればいい。自分はなにか仕事をしている。その仕事をまったくしたことがない人からの、作り手の側に立ったアドバイスに、耳を傾ける気になるか。「じゃあ、お前がやってみろよ」で終わりだ。
 今回のローソンに関して、仮に失敗だったとしても、マーケティングについて、ただの客の俺よりもローソンの人間の方がはるかに詳しいし、デザインに関しても俺より佐藤氏の方がはるかに詳しい。知識があるだけじゃなく、かたちにする力がある。どちらに関しても向こうがプロ、こちらは素人、当たり前だ。
 作り手・送り手は、作り出し、送り出すための手段を知っている。しかし受け手ではない。受け手がどう捕らえるか、経験上ある程度予測がついても、完全にはわからない。受け手の立場に立って考えてるつもりでもバイアスがかかったり、自分の趣味が出てしまったりする。「客の立場から」の意見は貴重だ。だから雑誌にアンケートハガキが付いている。我々が言うべきことは、「作り手の立場に立った客観的な」意見なんかじゃなく、個々の受け手の意見だ。「俺は、客のひとりとして、こう受け止めた」ということだ。
 これは何に対しても同じだ。

SR サイタマノラッパー

 アマプラでタダだったから観たんですけど、なんか邦画らしいしょぼくれた青春ものでしたね。
 違うジャンルだけど『パンツの穴 The Movie 童貞喪失ラプソディー』もタダだったから前に観たんですよ(今は観られなくなってる)。’80年代に菊池桃子がやった映画を篠崎愛主演で復活させたヤツですね。こんなもん誰もがちょっとお色気ありのコメディーを期待するじゃないですか。それがなんか変に文学臭みたいのを漂わせた、どっちかっちゅーと薄暗いしょぼくれ青春ものになってるんですよ。俺はというかみんな篠崎愛目的で観てるから、客にサービスするなら、なんかしら篠崎愛の魅力を引き出したものにして欲しいんだけど、普通にストーリー回して映画にしてるんですね。篠崎愛、意外と演技できるんだなとわかったくらいで、観て良かった感はない。
 全然違う話をしちゃったけど、感想としては似てるんですよ。サイタマノラッパーにコメディーは期待しなかったが、なんでこんなにしょぼくれてんですか。
 と、思ったら。カスタマーレビュー見ると「感動した的」なことが書いてあるんですね。え〜? どこで? どこで感動すれば良かったの?
 ラストシーン、現実のもろもろに飲み込まれながらも、夢をフリースタイルラップで語る主人公。これ、感動するとこですかね。俺にはしょぼいとしか見えなかった。お前も東京行けや。「サイタマノ」にこだわる理由はストーリー上どこにもなかったやん。ただ、そこに住んでただけやん。サイタマに限定するからしょぼくなるんじゃないの。『下妻物語』なんか茨城住んでるけど東京行ってるやん。つまりはしょぼくれた青春ものやりたいがためのサイタマ限定じゃないの? パッとした青春描けと言ってるわけじゃないが、しょぼくれててこそ青春みたいな、その美学みたいの何?
 まあ例えばマンガだけど、杉作J太郎『卒業』なんかボンクラ青春ですよ。何も起きない。感動は呼ばない。でもしょぼくれてはいない。共感を覚える。これでもいいじゃないの。

俺の音楽の聴き方の偏屈さ

 音楽の聴き始めはYMOだった。YMOの次にはYMO周辺の音楽を聴きだす。ニューウェイブですね。ガイドになったのはFMでやってた坂本龍一のサウンドストリート。
 大阪のベッドタウンに住んでいたので、輸入盤屋というのは少し遠い存在だった。そんななかでも輸入盤に触れる機会をくれたのが新星堂だった。クレプスキュールなどの輸入盤を細野さんたちの推薦文付で売ってたりしてた。
 あと茨木市駅前に『親指ピアノ』というレンタルレコード屋があって、郊外の店なのにニューウェイブをガンガン入れててありがたかった。
 こと音楽に関していえば、’80年代は’78年頃から始まっている。YMOの1st.だって’78年だし。区切りがこの辺にある。
 ワイヤーは「ロックでなければなんでもいい」と言った。ニューウェイブの文脈の一部では、ロックはかっこ悪いものだった。
 ニューウェイブはなんでもありだった。なんでもありだから、なんでもあったけど、全体としては音楽に対する取り組みがあった。既存のスタイルに疑いを持って、なんか新しいことをしようとしていた。その結果できたものが、演奏技術や構成が未熟で、今となってはつまらないものだったとしても。
 
 ’70年代末にはもうひとつ動きがあった。ヒップホップだ。ラップというスタイルが出てきた。歌わない。ただしゃべってるだけではなくリズムに乗せてはいるが、歌が持つ力を捨てていた。ここで、「じゃあ歌ってなに?」って疑問が出てくる。朗々と歌い上げるスタイルが、テクニカルなギターのように、型にはまったうさん臭いものに感じてくる。歌というものをもう一度考え直させるものがあった。
 
 若い内は自意識過剰なので、アーティストの自意識過剰にも共鳴できた。が、年を取るにつれどうでもよくなる。それで興味は「俺の歌」じゃなく、コミュニティーの歌、「みんなの歌」へ向かう。一例が古いサンバだったり。サンバ大好き。
 新曲でなくていい。いい曲は何人が何度やってもいい。サンディーが歌謡曲を、細野さんが古いR&Bなんかをカバーしたりするのは良いと思うし楽しい。
 
 こんなふうに音楽を聴いてきたので、未だに音楽には「取り組み」を求めてしまう。そして俺にはロックの素養がない。単にキャッチーな曲、オシャレな曲にも反感を持つ。「いい歌」に対して身構える。
 どこかで聴いたような「新しい俺の歌」はいらない。