安原製作所回顧録

安原 伸『安原製作所回顧録』読んだ。
 ’97年から’04年まで存在した、世界最小のカメラメーカー、安原製作所の回顧録。特異な成り立ちは面白いし、フィルムカメラ終焉の記録にもなってる。
 
 安原製作所の1号機・安原一式が発表された’98年は、何年も続いた中古カメラブームのただ中だった。フィルムカメラの進歩は行くとこまで行っちゃって、最新一眼レフは合理的だけど、気分的にはレンジファインダーもいいよねみたいな懐古があった。リコーGRなどの高級コンパクトのレンズがLマウント(旧式ライカのレンズマウント)で発売されたり、安価なロシア製ライカコピーが面白がられたりしてた。
 安原一式はLマウントの実用機として登場した。金属製機械式レンジファインダーカメラ。メインストリームから見れば完全に時代に逆行しているが、趣味的にはトレンドを捉えていた。赤瀬川さんは「新品の中古カメラ」と呼んだ。35ミリレンジファインダーは高価なライカしかなかったが、安原一式なら5万5000円。ライカレンズを付ければ、写りはライカと同じ。クラシックカメラは安いのもあるけど、リスクがある。一式は新品が手に入り、メーカーサポートも受けられる。TTL測光の露出計も付いてる。機械式カメラを新規に日本で作ると高くなるが、製造を中国の工場に依頼することで安くした。今ならありそうな話だが、’98年の時点でこんなことする人はいなかった。一人で設計、開発過程はホームページ上で発表。店頭には置かず直販のみ。ネーミングも妙だし、何かと珍しかった。
 後にコシナがベッサシリーズでこのジャンルに参入してくる。大きなメーカーがライバルとなるとキツい。サイトにコシナに対する文句が書いてあることもあった。
 
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 一式のユーザーだったんで、個人的回顧を。上の写真は届いた日に撮ったもの。ゆうパックの箱が元箱。
 ’97年末にサイバーショット初代機、DSC-F1を買った。カメラには興味がなかったけど、電子機器としてのデジカメは面白かった。けど、新製品のカタログ見ても、電子部分はわかるがカメラ部分のスペックが理解できない。そもそも絞りとシャッタースピードの関係すら知らない。基本を知らないまま、どんどん便利になっちゃっていいのか?
 とか思ってたときに、たまたま読んだ赤瀬川原平『ちょっと触っていいですか―中古カメラのススメ』で古いカメラに興味を持った。今後デジタルに移行するだろうから、電子化が進んだフィルムカメラは中途半端な存在に思えた。どうせ買うならマニュアルフォーカスの方が魅力的。
 当時はまだニコンF3などのフラッグシップと、FM2などの普及機が新品で買えたけど、ロングセラーで生き残ってるだけ。俺の世代のカメラじゃない。欲しい種類のカメラは、もう新製品が出ない。
 そう思ってたのに出ちゃった一式は魅力的だった。受付開始後すぐに予約して、’99年6月にようやく届いた。
 中国製だけあって、作りは雑だった。表面の梨地の荒さがボディーの左右で違ってた。セルフタイマーが真っ直ぐ上を向かなかった。シャッターの具合がおかしくなって1度修理に出した。その後も快調とは言えなかった。ライカではファインダーの見えの良さが語られるが、一式のはレンズシャッターの普及機と同等以下。明るいところだと露出計が見にくかった。そんなんでも世界最小のカメラメーカーが作ってると思えば納得できた。
 ’04年、安原製作所のサイトに業務終了のお知らせが出た。うろ覚えだが、デジタルの進歩が予想以上に速かったから、とか書いてあった。お知らせ自体は事務的で、ユーザーに対するまともな挨拶はなく、会社畳むにあたって一句詠んであった。この一句がカチンと来たんだよなあ。会社なくなるってことはサポートが受けられなくなるってことで。「実用機」だから一式を買ったのに、話が違う。修理を必要とする精度なのに、とっととつぶれてもらっちゃ困る。俺はともかく手にしてから時間が経ってない人もいるだろう。会社畳む側はそれどころじゃなく大変かもしれんが、俳句なんか書いちゃって「やるこたやったよ、すがすがしいね」的気分を出されても。安原製作所は「頑固オヤジの店」みたいだった。客の側には「面白いヤツが面白いこと始めたな。いっちょ乗ってくか」的なとこがあったと思う。なのに「俺が勝手に始めて、勝手に終わる」って態度に出られちゃしょんぼりだ。物を買うときは1票投じるつもりでいるんで、この本に書いてある「メーカーを支える気持ち」もあったんだが、メーカーの方でユーザーに対する義理を欠いてるんじゃないか。一式は壊れる前に売った。
 そんなんで安原製作所をあまり良く思ってないんだが、2号機・秋月の失敗の下りを読んで、まあしゃあないかと思った。秋月はアンラッキーだが、一式はラッキーが重なって出たとこもあるんだな。

One thought on “安原製作所回顧録

  1. 最近何かを拝見して、安原氏を知る。今日(22.2.14)「安川製作所回顧録」を注文した。読んでから、再び書き込もう。

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